岐阜地方裁判所 昭和63年(ワ)148号 判決 2000年3月23日
原告 日本生命保険相互会社
右代表者代表取締役 A
原告 第一生命保険相互会社
右代表者代表取締役 B
原告 住友生命保険相互会社
右代表者代表取締役 C
原告 日産生命保険相互会社
右代表者清算人 D
原告 アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー
(日本における代表者)
右取締役 E
原告 日本団体生命保険株式会社
右代表者代表取締役 F
原告 大同生命保険相互会社
右代表者代表取締役 G
原告 朝日生命保険相互会社
右代表者代表取締役 H
原告 明治生命保険相互会社
右代表者代表取締役 I
原告 三井生命保険相互会社
右代表者代表取締役 J
原告 太陽生命保険相互会社
右代表者代表取締役 K
原告 岐阜市農業協同組合
右代表者代表理事 L
原告 東京生命保険相互会社
右代表者代表取締役 M
原告 千代田生命保険相互会社
右代表者代表取締役 N
原告 富国生命保険相互会社
右代表者代表取締役 O
原告 協栄生命保険株式会社
右代表者代表取締役 P
右原告ら16名訴訟代理人弁護士 髙木康次
右訴訟復代理人弁護士 後藤和男
同 木村静之
同 髙木保子
被告 Y1
被告 Y2
被告 Y3株式会社
右代表者代表取締役 Y2
被告 Y4株式会社
右代表者代表取締役 Y2
被告 Y5
被告 Y6
右被告ら6名訴訟代理人弁護士 南谷幸久
同 南谷信子
主文
略語は別紙略語表記載のとおり
一1 被告Y1が、原告日本生命、原告第一生命、原告住友生命、原告アリコ・ジャパン、原告日本団体、原告大同生命、原告朝日生命、原告明治生命、原告三井生命、原告太陽生命、原告岐阜市農協、原告東京生命、原告協栄生命との間でそれぞれ締結した別紙1保険契約一覧表記載の生命保険契約及び生命共済契約は、いずれも無効であることを確認する。
2 右記載の生命保険契約(原告岐阜市農協については生命共済契約)に基づく、原告日本生命、原告住友生命、原告アリコ・ジャパン、原告日本団体、原告大同生命、原告朝日生命、原告明治生命、原告三井生命、原告太陽生命、原告東京生命、原告協栄生命及び原告岐阜市農協の被告Y1に対する、同被告が昭和62年1月13日から同年5月13日まで入院したことによる別紙7疾病入院給付金請求金額一覧表記載の疾病入院給付金(原告岐阜市農協については疾病入院共済金)の支払債務は、いずれも存在しないことを確認する。
3 被告Y1は、原告第一生命に対し、60万円及びこれに対する昭和63年4月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
二1 被告Y2が、原告第一生命、原告住友生命、原告日産生命、原告アリコ・ジャパン、原告朝日生命、原告千代田生命、原告富国生命及び原告太陽生命との間でそれぞれ締結した別紙2保険契約一覧表記載の生命保険契約は、いずれも無効であることを確認する。
2 右記載の生命保険契約に基づく、原告住友生命、原告日産生命、原告アリコ・ジャパン、原告朝日生命、原告千代田生命、原告富国生命、原告太陽生命の被告Y2に対する、同被告が昭和62年6月12日から同年10月18日まで入院したことによる別紙8疾病入院給付金請求金額一覧表記載の疾病入院給付金の支払債務は、いずれも存在しないことを確認する。
3 右1記載の保険契約に基づく、原告第一生命、原告住友生命、原告日産生命、原告アリコ・ジャパン、原告朝日生命、原告千代田生命、原告富国生命及び原告太陽生命の被告Y2に対する、同被告が昭和62年10月22日から同年12月31日まで入院したことによる別紙11災害入院給付金請求金額一覧表記載の災害入院給付金の支払債務は、いずれも存在しないことを確認する。
三1 被告Y3が、原告日本生命及び原告第一生命との間でそれぞれ締結した別紙3保険契約一覧表記載の生命保険契約は、いずれも無効であることを確認する。
2 右記載の生命保険契約に基づく、原告日本生命及び原告第一生命の、被告Y3に対する、被告Y2が昭和62年6月12日から同年10月18日まで入院したことによる別紙9疾病入院給付金請求金額一覧表記載の疾病入院給付金の支払債務は、いずれも存在しないことを確認する。
3 右1記載の生命保険契約に基づく、原告日本生命及び原告第一生命の被告Y3に対する、被告Y2が昭和62年10月22日から同年12月31日まで入院したことによる別紙12災害入院給付金請求金額一覧表記載の災害入院給付金の支払債務は、いずれも存在しないことを確認する。
四1 被告Y4が、原告大同生命及び原告明治生命との間でそれぞれ締結した別紙4保険契約一覧表記載の生命保険契約は、いずれも無効4であることを確認する。
2 右記載の生命保険契約に基づく、原告大同生命及び原告明治生命の被告Y4に対する、被告Y2が昭和62年6月12日から同年10月18日まで入院したことによる別紙10疾病入院給付金請求金額一覧表記載の疾病入院給付金の支払債務は、いずれも存在しないことを確認する。
3 右1記載の生命保険契約に基づく、原告大同生命及び原告明治生命の被告Y4に対する、被告Y2が昭和62年10月22日から同年12月31日まで入院したことによる別紙13災害入院給付金請求金額一覧表記載の災害入院給付金の支払債務は、いずれも存在しないことを確認する。
五1 被告Y5が、原告日本生命、原告第一生命、原告住友生命、原告アリコ・ジャパン、原告大同生命、原告明治生命、原告岐阜市農協、原告千代田生命、原告富国生命及び原告協栄生命との間でそれぞれ締結した別紙5保険契約一覧表記載の生命保険契約及び生命共済契約は、いずれも無効であることを確認する。
2 右記載の生命保険契約(原告岐阜市農協については生命共済契約)に基づく、原告アリコ・ジャパン、原告大同生命、原告明治生命、原告千代田生命、原告富国生命、原告協栄生命及び原告岐阜市農協の被告Y5に対する、同被告が昭和62年1月5日から同年5月6日まで入院したことによる別紙14疾病入院給付金請求金額一覧表記載の疾病入院給付金(原告岐阜市農協については疾病入院共済金)の支払債務は、いずれも存在しないことを確認する。
3 被告Y5は、原告日本生命に対し48万円、原告第一生命に対し60万円、原告住友生命に対し60万円及びこれらに対する昭和63年4月6日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
六1 被告Y6が、原告日本生命、原告住友生命、原告日産生命、原告日本団体及び原告大同生命との間でそれぞれ締結した別紙6保険契約一覧表記載の生命保険契約は、いずれも無効であることを確認する。
2 右記載の生命保険契約に基づく、原告日本生命、原告日産生命、原告日本団体及び原告大同生命の被告Y6に対する、同被告が昭和62年1月10日から同年5月11日まで入院したことによる別紙15疾病入院給付金請求金額一覧表記載の疾病入院給付金の支払債務は、いずれも存在しないことを確認する。
3 被告Y6は、原告住友生命に対し、36万円及びこれに対する昭和63年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
七 訴訟費用は被告らの負担とする。
八 この判決は、第一項の3、第五項の3及び第六項の3に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
主文同旨
第二事案の概要
一 争いのない事実等
1 原告らは、いずれも生命保険業務を営む会社又は協同組合である。
2 被告らは、原告らとの間で、別紙1ないし6保険契約一覧表記載のとおりの生命保険契約又は生命共済契約(以下「本件各保険契約」という。)を締結した。
3 被告らの入院期間と病名
(一) 被告Y1は、昭和62年1月13日から同年5月13日までの121日間、名古屋市<以下省略>所在のa病院において、「腰痛症、肝機能障害、アレルギー性結膜炎、洞性不整脈」の病名で入院した。
(二) 被告Y2は、昭和62年6月12日から同年10月18日までの129日間、名古屋市<以下省略>所在の新a病院において、「糖尿症、肝機能障害」の病名で入院し、同年10月22日から同年12月31日までの71日間、新a病院において、「前頭部挫創、外傷性頸腕骨症候群」の病名で入院した。
(三) 被告Y5は、昭和62年1月5日から同年5月6日までの122日間、a病院において、「心臓神経症、肝機能障害、高脂血症」の病名で入院した。
(四) 被告Y6は、昭和62年1月10日から同年5月11日までの122日間、a病院において、「胃潰瘍、肝機能障害、高脂血症、高血圧症」の病名で入院した。
4 入院給付金等の請求と支払
(一) 被告Y1は、a病院を退院した後、原告第一生命に対し、疾病入院給付金の支払を請求し、別紙7疾病入院給付金請求金額一覧表記載のとおり、原告大同生命を除く原告らに対し、疾病入院給付金及び疾病入院共済金(以下、両者を併せて「疾病入院給付金等」という。)の支払を請求し、右原告らのうち、原告第一生命は、被告Y1に対し、昭和62年5月27日付けで疾病入院給付金60万円を支払ったが、その余の原告らは、支払をしていない。
(二) 被告Y2は、新a病院を退院した後、別紙8疾病入院給付請求金額一覧表記載のとおり、原告ら7社に対し、第1回目の入院による疾病入院給付金の支払を請求し、別紙11災害入院給付金請求金額一覧表のとおり、原告ら8社に対し、第2回目の交通事故入院による災害入院給付金の支払を請求したが、右原告らは、支払をしていない。
(三) 被告Y3は、被告Y2が新a病院を退院した後、別紙9疾病入院給付金請求金額一覧表及び別紙12災害入院給付金請求金額一覧表記載のとおり、原告日本生命及び原告第一生命に対し、疾病入院給付金及び災害入院給付金の支払を請求したが、右原告らは、支払をしていない。
(四) 被告Y4は、被告Y2が新a病院を退院した後、別紙10疾病入院給付金請求金額一覧表記載のとおり、原告大同生命及び原告明治生命に対し、第1回目の入院による疾病入院給付金の支払を請求し、別紙13災害入院給付金請求金額一覧表記載のとおり、原告明治生命に対し、第2回目の交通事故入院による災害入院給付金の支払を請求したが、右原告らは、支払をしていない。
(五) 被告Y5は、a病院を退院した後、原告日本生命、原告第一生命及び原告住友生命に対し、疾病入院給付金の支払を請求し、また、別紙14疾病入院給付金請求金額一覧表記載のとおり、原告アリコ・ジャパンら7社に対し、疾病入院給付金等の支払を請求し、右原告らのうち、原告日本生命は、昭和62年5月20日付けで48万円、原告第一生命は、昭和62年5月22日付けで60万円、原告住友生命は、昭和62年5月21日付けで60万円の疾病入院給付金を支払ったものの、その余の原告らは、支払をしていない。
(六) 被告Y6は、a病院を退院した後、原告住友生命に対し、疾病入院給付金を請求し、また、別紙15疾病入院給付金請求金額一覧表記載のとおり、原告日本団体を除く原告ら3社に対し、疾病入院給付金の支払を請求し、右原告らのうち、原告住友生命は、昭和62年5月27日付けで36万円の疾病入院給付金を支払ったが、その余の原告らは、支払をしていない。
5 本訴の提起
原告らは、被告らによる本件各保険契約の締結は、詐欺(原告岐阜農協を除く原告らは保険契約約款による無効、原告岐阜農協は民法96条による取消し)、錯誤、公序良俗違反又は告知義務違反による解除により無効であり、さらに、原告第一生命及び原告住友生命は、予備的に原告第一生命と被告Y2との間の昭和57年の本件生命保険契約、原告住友生命と被告Y6との間の昭和57年の本件生命保険契約は特別解約権に基づく解除により無効であるとして、本件各保険契約の無効の確認及び各入院給付金の支払義務が存在しないことの確認を求めるとともに、不当利得返還請求権に基づき、既に支払った入院給付金の返還及びこれに対する訴状送達の日の翌日から各支払済みまでの遅延損害金の支払を求めて本訴を提起した。
二 争点
1 本件各生命保険契約が被告らの欺罔行為により締結されたものであるか否か。
2 原告らが被告らの欺罔行為により被告らが善良な契約者、被保険者であるとの錯誤に陥って契約を締結したか否か
3 本件各生命保険契約が被告らの不労利得の目的のもとに締結されたとして公序良俗違反により無効となるか否か
4 被告らが不労利得の目的を有することを秘したことが商法644条の告知義務違反に該当するか否か。
5 信義則上被告らに契約関係の継続を期待できない事情を理由とする特別解約権に基づく本件保険契約解除の可否
6 本件各生命保険契約の無効確認請求の確認の利益の有無
7 原告らの本件請求が信義則違反、権利濫用にあたるか否か。
第三当裁判所の判断
一 前記争いのない事実に加え、<証拠省略>並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下のとおりの事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
1 a病院の開設及び被告らの入院
(一) 被告Y2は、被告Y3(前商号はb株式会社)及び被告Y4を経営していた者であるが、a病院の土地建物が売りに出されていることを知り、昭和61年1月ころ、医療機器を含めて1億5,000万円で購入の申込みをし、同年1月下旬から2月上旬ころにかけて、売主であるQとの間で、代金1億5,000万円で売買契約を締結した。
そして、被告Y2は、当時休眠会社であったb株式会社の定款の目的に病院経営を追加し、岐阜商工信用組合から購入資金を借り入れ、同年6月10日、1億5,000万円の支払と右b社への移転登記がなされた(甲共19、20、23)。
その後、a病院は、R医師(以下「R医師」という。)を開設者として開設し、昭和62年1月5日に開業した。
昭和62年7月、R医師が死亡したため、同年7月28日、S医師(以下「S医師」という。)が開設者となり、新a病院という名称に変更した。
病院の開設者には医師の資格が必要であるため、R医師とS医師が開設者となったが、実質的な経営者は被告Y2であり、R医師とS医師は、月給100万円の勤務医にすぎなかった(証人S)。
(二) T(以下「T」という。)は、被告Y2から依頼を受けて、a病院の開設準備の手続を行い、開設と同時に、管理部長に就任した者であるが、被告Y2は、当初、Tに対し、「資金的な面は心配いらない。運転資金として7,000万円の預金がある。」と言っていたが、昭和61年11月ころになって、「金がない。銀行が貸せないと言っている。」などと言い出したので、Tが開設資金として約1,500万円を立て替えることになった。
Tは、被告Y2の資産状況について疑問を抱き、同人の財産明細を調査したところ、被告Y2個人の資産はなく、すべて同人の妻や子供の名義になっていた(証人T、甲共22)。
当時、被告Y2には、同人が経営する会社の借入金が合計約5億5,000万円あった(被告Y2本人)。
(三) 昭和62年1月5日、a病院の開業当日に被告Y5とU(以下「U」という。)が、同月10日には被告Y6が、同月31日には被告Y1が、それぞれa病院に入院した。
昭和61年当時、Uは、岐阜市で串カツ店及びスナックを経営しており、被告Y1、被告Y5及び被告Y6は、いずれも岐阜市ないし岐阜市近郊に居住していた。
被告Y1、被告Y5及び被告Y2は、Uが経営する串カツ店の客であった。また、被告Y1、被告Y5及び被告Y6は、a病院に入院する以前から、被告Y2と知り合いであった。
a病院の看護婦らは、被告Y1、被告Y5、被告Y6及びUが被告Y2のことを社長と呼んでいた上、Uと被告Y5は被告Y2の会社の社員であると言っていたので、被告Y1らを被告Y2の会社の社員だと思っていた(証人V、甲共17)。
なお、Uは、昭和61年5月6日から同年8月1日までの間に、合計12の保険会社に対し、合計15件の入院特約付きの生命保険契約の加入の申込みをしていた。
(四) 昭和62年3月初旬ころ、Tは、看護婦長であったVから、U、被告Y1、被告Y5及び被告Y6らは病気らしい病気もなく、外出、外泊が多いので困っているという相談を受け、被告Y2と話をするために被告Y3へ行ったところ、当時入院中であったUも同席していた。
Tは、被告Y2に対し、「病気でもない若い入院患者を何のために入院させているのか。彼らは多数の保険契約に加入しているらしいが、保険金取得目的ではないか。」などと追及し、被告Y1らをa病院から追い出すよう忠告したが、被告Y2は、Tに対し、「Uにまかせておけばよい。奴らはわしが面倒をみている子だ。奴らの金儲けのことだから、しばらくの間目をつぶって欲しい。」などと言って、Tの忠告に従おうとしなかった。
その後、Tは、Uに対し、「病気でもないのに入院するのは保険の詐欺ではないか。」などと言ったところ、Uは、Tに対し、大阪の暴力団に知り合いがいるなどと脅すような言動をした。
そして、同年6月10日、被告Y2は、Tを解任し、Uを管理部長に就任させた(甲共22、証人T)。
その後、同年6月12日ころから、被告Y2も、a病院に入院したが、入院中も、被告Y2は、Uらと飲食に出かけていた(証人S)。
2 被告Y2の本件各保険契約の締結及び病状
(一) 被告Y2は、昭和14年○月○日生まれの男性である。
被告Y2は、昭和57年7月15日、原告第一生命との間で本件保険契約を締結した後、昭和61年5月2日に原告大同生命に対し(契約者被告Y4)、同月24日に原告住友生命に対し、同年6月17日に原告日本生命に対し(契約者被告Y3)、同年7月3日に原告太陽生命に対し、同月5日に原告日本生命に対し(契約者被告Y3)、同月8日に原告アリコ・ジャパンに対し、同月11日に原告千代田生命に対し、同月14日に原告朝日生命及び原告富国生命に対し、同年10月15日に原告明治生命に対し(契約者被告Y4)、昭和62年2月17日に原告日産生命に対し、本件各保険契約を申し込み、被告Y2は、原告ら8社との間で、8件の生命保険契約を、被告Y3は、原告ら2社との間で、2件の生命保険契約を、被告Y4は、原告ら2社との間で、2件の生命保険契約をそれぞれ締結した。
このほか、被告Y2は、昭和61年11月15日、原告三井生命に対し、生命保険契約の申込みをしたが、保険料を支払わなくなったので、失効したことがあった(被告本人)。
本件各保険契約により、被告Y2、被告Y3、被告Y4が支払うべき保険料は、月額46万4,487円となる。
また、本件各保険契約に付加された入院給付金特約により、被告Y2が疾病により入院した場合の入院給付金は、1日当たり10万9,000円になる。
被告Y2、被告Y3及び被告Y4が原告らと間で締結した本件保険契約は、ほとんどが被告Y4に出入りしていた外交員の勧誘によるものではあるが、原告アリコ・ジャパン、原告千代田生命及び原告日産生命については、自発的な申込みによるものであった(被告Y2本人、甲共13)。
(二) 入院診療録によれば、被告Y2は、昭和62年6月12日、「糖尿病、アルコール性肝炎、動脈硬化症」の病名により、新a病院に入院したとされている。
被告Y2は、慢性の糖尿病に罹患しており、昭和61年夏過ぎころ、S医師が被告Y2と知り合った時には、同被告も糖尿病に罹患していることを自覚していた(証人S)。
入院中の検査結果でも、被告Y2は、空腹時の血糖値が正常よりかなり高く、他に肝臓病、腎臓病も患っていたため、十分な安静が必要であった(甲共2、証人S)。
しかしながら、被告Y2には病気を治そうという意欲はうかがわれず、S医師の忠告を無視して、毎日、仕事や外食、飲酒のために外出、外泊し、入院しているというよりも病院の経営者として通勤しているような状況であり、気が向いたときにベッドに横になったり点滴をしていたりしていたので、糖尿病の治療のために看護婦が体重測定、身長測定や検査を実施しようとしても行うことができなかった(証人S、証人V)。
3 被告Y1の本件各保険契約の締結及び病状
(一) 被告Y1は、昭和32年○月○日生まれの男性であり、昭和61年当時、ニッセイロックリンというマットリース会社に勤務していた。
被告Y1は、昭和61年5月19日に原告日本生命、原告第一生命及び原告住友生命に対し、同月20日に原告朝日生命、原告明治生命、原告三井生命及び原告太陽生命に対し、同月21日に原告東京生命及び原告協栄生命に対し、同月22日に原告日本団体生命に対し、同月24日に原告岐阜市農協に対し、昭和62年1月6日に原告大同生命に対し、それぞれ本件各保険契約を申し込み、原告ら13社との間で、合計15件の生命保険契約を締結した。
そして、そのほとんどが被告Y1の自発的な申込みによるものであるが、原告大同生命との間の契約は、被告Y1が被告Y5と一緒に被告Y3にいたところ、同社に来た原告大同生命の営業社員から勧誘されて、加入したものである(甲共14)。
本件各契約により、被告Y1が支払うべき保険料は、月17万9,364円となる。
また、右契約に付加された入院給付金特約により、被告Y1が入院した場合の入院給付金は1日当たり7万8,000円となる。
(二)(1) 入院診療録(甲共1)によれば、被告Y1は、昭和62年1月13日、「腰痛症及び肝機能障害」の病名により、a病院に入院したとされている。
しかしながら、腰痛についてみると、看護記録には、昭和62年「1月13日午後12時10分独歩にて入院、腰痛あり」、同月14日には「腰痛(-)。」、同月15日には「特に変わりなし。」、同月17日には「腰痛軽度。」、同月20日には「腰痛消失す。疼痛がないことが退屈とのこと。」、同月21日には「腰痛(-)。」、同月24日には「リハビリ中止して欲しい、あまり効かない。」旨記載されており、被告Y1本人も、腰痛の痛み自体は我慢できる程度であった旨供述している。
また、同年1月13日の入院時の肝機能検査ではGOT値48、GPT値85、同月22日の検査ではGPT値64、同年2月2日の検査ではGOT値43、GPT値70、LDH値470、同月24日の検査ではGOT値44、GPT値84、同年3月16日の検査ではGOT値44、GPT値98と、それぞれ基準値より高い値を示しているが、一般的には、GOT値、GPT値が200、LDH値が1000を超えた場合に、入院を勧告することになる(証人S)。
右検査データによれば、肝臓の慢性疾患であり、血液検査の結果を見ても、特に入院の必要のある数値ではない(証人S)。
入院診療録には、被告Y1に対して肝臓疾患治療剤の投与、静脈注射がなされていたと記載されているが、実際に投与、注射されていた薬は、疲労回復薬ないし疲労回復剤であった(甲共17)。
(2) 被告Y1は、入院して間もない同月15日午後1時から同月16日午後8時まで外泊、同月20日午後6時から翌朝まで外泊、同月22日午前10時から同月24日午前8時30分まで外泊、同月29日から同年3月15日まではほとんど毎日外泊して翌朝午前8時までに帰院している。同年3月16日以降の看護記録には外出、外泊の記載がほとんどないが、これは、R医師から看護婦らに外出、外泊があっても記載しないようにという指示があったためであり、被告Y1は、以前と変わらず、入院中の半分位は外出、外泊をしていた(甲共17、証人V)。
4 被告Y5本件各保険契約及び病状について
(一) 被告Y5は、昭和31年○月○日生まれの男性であり、昭和61年当時、岐阜箔押株式会社に勤務していた。同人の当時の月収は手取りで約20万円であった。
被告Y5は、昭和61年5月20日に原告住友生命及び原告明治生命に対し、同月21日に原告日本生命、原告第一生命及び原告アリコ・ジャパンに対し、同月23日に原告協栄生命に対し、同月27日に原告千代田生命に対し、同月28日に原告岐阜市農協に対し、同年10月13日に原告大同生命に対し、同年12月9日に原告富国生命に対し、それぞれ本件各保険契約を申し込み、原告ら10社との間で、合計12件の生命保険契約を締結した。
右契約により、被告Y5が支払うべき保険料は、月15万3,341円となる。
また、右契約に付加された入院給付金特約により、被告Y5が疾病により入院した場合の入院給付金は、1日当たり合計5万9,000円となる。
(二)(1) 入院診療録(甲共3)によれば、被告Y5は、同年1月5日、「肝機能障害、心臓神経症、慢性胃炎」の病名により、a病院に入院したとされている。
看護記録によれば、入院時、「知人の紹介でスクリーニングのため入院」と記載されており、また、同日午後3時30分に入院して、同日午後5時には外泊許可が出ている。
また、入院時に施行された肝機能検査の結果によれば、すべて正常範囲の数値である上、その後施行された同月24日、同年2月3日、同月23日、同年3月16日、同年4月4日及び同年4月10日の肝機能検査の結果をみても、すべて正常範囲の数値であり、同年1月12日に施行された肝臓の超音波検査の結果も、異常はなかった。
入院診療録には、被告Y5に対して肝臓疾患治療剤の投与、静脈注射がなされていたと記載されているが、実際に投与、注射されていた薬は、疲労回復薬ないし疲労回復剤であった(甲共17)。
また、入院診療録によれば、心電図は、昭和62年1月5日、同年2月2日、同年3月31日及び同年4月7日に施行されているものの、カルテには結果の記載がなく、同年1月27日に施行された心臓超音波検査の結果は、「正常パターン」と記載されている。
昭和62年4月13日以降、治療内容の記載は全くなく、また、同年5月1日以降は、入院診療録の記載そのものがない。
(2) 被告Y5は、体がだるく食欲が落ちていた、胸痛もあったのでa病院を受診した旨供述するが、入院してから10日後の昭和62年1月14日の看護記録には、「食慾あり」という記載があり、同月15日には「気分よくたいくつだと訴える」という記載があり、その後、同月21日「食慾(+)」、同月26日「食慾(+)大変気分良いと訴へる」という記載がある。
(3) 看護記録によれば、被告Y5は、入院当日である昭和62年1月5日に外泊、同月8日外泊、同月10日、11日は日中に外出、同月17日午後5時30分から同月20日朝まで外泊、同月26日外泊、同月31日から同年2月2日午後5時30分まで外泊、その後も同年3月14日まで頻繁に外出、外泊が繰り返されている。
看護記録には、同年3月15日からは外出、外泊の記載がほとんどないが、これはR医師から看護婦らに外出、外泊があっても記載しないようにという指示があったためであって(甲共17、証人V)、被告Y5は、同年3月16日以降も、外出、外泊を繰り返していた(被告Y5本人)。
5 被告Y6の本件各保険契約及び病状
(一) 被告Y6は、昭和14年○月○日生まれの男性であり、昭和62年当時、ギフトショップの共同経営を始めたばかりであった。
被告Y6は、昭和57年11月26日、原告住友生命との間で、本件生命保険契約を締結した後、昭和61年7月14日に原告日本生命に対し、同月18日に原告大同生命に対し、同年12月9日に原告日産生命に対し、昭和62年1月6日に原告日本団体生命に対し、それぞれ本件生命保険契約を申し込み、原告ら5社との間で、6件の生命保険契約を締結した。
右契約のほとんどは、被告Y6の自発的な申込みによるものである。
本件各保険契約により、被告Y6が支払うべき保険料は、約23万円となる。
また、右契約に付加された入院給付金特約により、被告Y6が疾病により(成人病、がん保険含む)入院した場合の入院給付金は、1日当たり合計8万8,000円となる。
(二)(1) 入院診療録(甲共4)によれば、被告Y6は、昭和62年1月10日、「胃潰瘍、高血圧症」の病名で、a病院に入院したとされている。
しかしながら、同年1月14日にc病院で内視鏡検査を受けた結果、同月27日「潰瘍なし、理療中止」と診断され、同年1月12日、4月3日及び同月28日に施行された便潜血反応の検査も、陰性である。
また、同年1月13日に実施された血圧測定の結果も、上が114、下が70で、正常値である。
さらに、同年1月13日からは、「肝機能障害」の病名も加わっているが、同年1月10日、12日、22日、2月2日、16日、23日及び同年5月7日に施行された肝機能検査の結果は、すべて正常の範囲内の数値である。
さらに、生化学検査票の数値からすると、中性脂肪が高いことが認められるが、体重のコントロールと食餌療法、薬の投与で軽減していくものであり、一般的にはこの数値では入院の必要性はない(証人S)。
(2) 看護記録によれば、昭和62年1月10日に入院して同月12日10時30分から16時30分まで外出、同月14日から16日まで外泊、18日、21日、22日外泊、30日外出、31日、同年2月1日外泊、3日外出と、同年3月16日まで頻繁に外出、外泊が行われている。同年3月16日以降については、R医師から看護婦らに外出、外泊があっても記載しないようにという指示があったためであり(甲共17、証人V)、同年3月16日以降も、それ以前と変わらず、外出、外泊を繰返していた(被告Y6本人)。
6 昭和62年当時の生命保険契約の平均加入件数、平均年間支払保険料及び平均入院給付金日額(甲共5)
昭和62年当時、生命保険加入者1人当たりの加入件数は、男性の平均は1.8件であり、これを年齢別にみると、20歳代では1.4件、30歳代では1.6件、40歳代では1.9件、50歳代では2.0件であった。
生命保険の年間支払保険料の男性の平均は年間23万4,000円であり、これを年齢別にみると、20歳代では17万1,000円、30歳代では23万円、40歳代では23万6,000円、50歳代では26万4,000円であった。
また、男性の入院給付金日額の平均は7,300円であり、これを年齢別にみると、20歳代は6,200円、30歳代は7,200円、40歳代は7,800円である。
二 争点1について
1 原告らは、被告らが本件各生命保険契約の締結に際し、(1)近い将来、入院の必要のない軽微な傷害、疾病によりあえて入院をし、これによって多額の入院給付金、保険金の支払を受ける目的であるのに、右目的を秘し、原告らを本件各生命保険契約の締結に至らせたこと、(2)保険に短期集中加入すれば、入院した場合の入院給付金、保険金が自己の収入をはるかに上回り、多額の利得を得る結果となるにもかかわらず、かかる集中加入をすることを秘し、原告らを本件各生命保険契約の締結に至らせたことは、いずれも欺罔行為に該当するとして、本件各生命保険契約は約款(岐阜市農協を除く原告らについて)又は民法96条による取消し(原告岐阜市農協について)により無効であると主張する。
2 そこで検討するに、まず、前記認定の事実によれば、被告Y2と被告Y1、被告Y5及び被告Y6は、入院以前からの知り合いであること、同被告らは、被告Y2がa病院を購入した直後から生命保険契約に加入し始め、同時期に多数の生命保険契約に集中的に加入したこと、被告Y2、被告Y1及び被告Y5は、同時期に多数の生命保険契約に加入したUとも知り合いであること、被告Y2、被告Y1、被告Y5、被告Y6及びUは、a病院が開業した直後に同病院に入院し、約120日間入院した後に退院していること、被告Y2本人が供述するとおり、同被告が経営する会社にはa病院の購入資金その他高額の借入債務があり、a病院には入院患者が必要であったと考えられること、以上の事実からすると、被告Y1、被告Y5及び被告Y6は、被告Y2及びUと相通じて同時期に多数の生命保険契約に加入し、a病院に入院したと考えるのが自然である。
次に、各被告についての個別的な事情を検討する。
3 被告Y2について
前記認定の事実によれば、被告Y2は、a病院を購入した直後である昭和61年5月から昭和62年2月までの間に、原告らとの間で、合計11件もの生命保険契約を集中的に締結したこと、被告Y2個人が加入している保険契約は、本件で問題となっているだけでも合計8件あり、同じ40歳代の男性の平均加入件数1.9件と比して著しく多いこと、同被告が支払うべき保険料は、同被告個人が締結した保険契約だけでも月額合計16万4,457円であり、同じ40歳代の男性の平均である年間23万6,000円と比して著しく高額であって、同被告が入院した場合に支払われる保険金も高額となること、被告Y2が同被告を契約者として締結した保険契約は、そのほとんどが死亡時の保険金額が低額であって、入院特約に重点が置かれていると考えられること、被告Y2は、少なくとも昭和61年夏ころには、糖尿病に罹患していることを自覚していたにもかかわらず、その後も、生命保険契約の加入の申込みをしていること、被告Y2は、入院給付金目的で被告Y1らが入院しているのではないかと指摘忠告したTを解雇し、Uを管理部長に就任させた直後に、入院していること、被告Y2は、糖尿病、肝臓病、腎臓病に罹患し、安静の必要があったにもかかわらず、外出、外泊を繰り返し、食餌療法等も行わなかったこと、本件各保険契約により、被告Y2、被告Y3及び被告Y4が支払うべき保険料や入院した場合に支払われる保険金は、著しく高額であること、入院期間は、129日間であり、入院給付金支給限度日数の120日をわずかに超えるものであることなどの事実を総合すると、被告Y2は、当初から、保険事故の発生を仮装して入院給付金の支払を受ける目的で、原告ら(原告第一生命を除く)との間で、本件各保険契約を締結したものと認めるのが相当である。
しかしながら、被告Y2が原告第一生命との間で昭和57年7月15日に締結した生命保険契約については、同被告が生命保険契約に集中的に加入した時期から約4年前に締結されたものであり、同被告がa病院の購入の申出をする約3年半前のものであるから、その時点で、保険事故の発生を仮装して入院給付金の支払を受ける目的で契約したものと認めることはできない。
4 被告Y1について
前記認定の事実によれば、被告Y1は、昭和61年5月19日から同月24日までのわずか6日間に、原告ら12社に対し、合計15件の生命保険契約を集中的に申し込んだこと、これは、同じ20歳代の男性の平均加入件数1.4件と比して著しく多く、被告Y1の主張する将来の不安という加入目的では合理的な説明ができないこと、これらは、ほとんど被告Y1の自発的な申込みによるものであること、昭和62年1月6日に大同生命との間で生命保険契約を締結したわずか7日後に、a病院に入院していること、本件各保険契約により被告Y1が支払うべき保険料は、同じ20歳代の男性の平均である年間17万1,000円と比して著しく高額であって、同被告が入院した場合に支払われる保険金も著しく高額となること、入院期間は、121日間であり、入院給付金支給限度日数の120日をわずかに超えるものであること、被告Y1に入院を必要とするほどの腰痛症、肝機能障害の症状があったとは認められず、他に同人に入院を必要とする疾病があったことを裏付ける証拠はないこと、a病院を経営する被告Y2自身が多数の入院特約付き生命保険契約に集中的に加入した後に、同病院に約120日間入院したこと並びに前記二2の事実を総合すると、被告Y1は、当初から、保険事故の発生を仮装して入院給付金の支払を受ける目的で、原告らとの間で本件各保険契約を締結したものと認めるのが相当である。
5 被告Y5について
被告Y5は、被告Y2がa病院の購入した直後である昭和61年5月20日から同月28日までのわずか9日間に、原告ら8社に対し、合計10件の生命保険契約を集中的に申し込んだこと、これは、同じ30歳代の男性の平均加入件数1.6件と比して著しく多く、被告Y5の主張する将来の不安と生命保険の貯蓄性という加入目的では合理的な説明ができないこと、昭和62年1月1日に富国生命との間で生命保険契約を締結したわずか4日後であるa病院開業当日に、同病院に入院していること、被告Y5が支払うべき保険料は、同じ30歳代の男性の平均である年間23万円と比しても、また同人の月収から見ても、著しく高額であって、同人が入院した場合に支払われる保険金も著しく高額となること、入院期間は、122日間であり、入院給付金支給限度日数の120日をわずかに超えるものであること、被告Y5に入院を必要とするほどの肝機能障害、心臓神経症、慢性胃炎の症状があったとは認められず、他に同人に入院を必要とする疾病があったことを裏付ける証拠はないこと並びに前記二2の事実を総合すると、被告Y5は、当初から、保険事故の発生を仮装して入院給付金の支払を受ける目的で、原告らとの間で本件各保険契約を締結したものと認めるのが相当である。
6 被告Y6について
被告Y6は、被告Y2がa病院を買い取った直後である昭和61年7月から翌62年1月までのわずか6か月間に、原告ら4社との間で、合計5件の生命保険契約を集中的に締結していること、これは、同じ40歳代の男性の平均加入件数1.9件の2倍以上の件数であって、被告Y6が支払うべき保険料は、同じ40歳代の男性の平均である年間23万6,000円と比して著しく高額になり、同人が入院した場合に支払われる保険金も高額となること、ほとんどが被告Y6の自発的な申込みであること、集中加入してからわずか4日後に、a病院に入院していること、入院期間は、122日間であり、入院給付金支給限度日数の120日をわずかに超えるものであること、被告Y6に入院を必要とするほどの胃潰瘍、高血圧症、肝機能障害の症状があったとは認められず、他に同人に入院を必要とする疾病があったことを裏付ける証拠はないこと並びに前記二2の事実を総合すると、被告Y6は、当初から、保険事故の発生を仮装して入院給付金の支払を受ける目的で、原告ら4社との間で本件各保険契約を締結したものと認めるのが相当である。
しかしながら、原告住友生命との本件生命保険契約については、被告Y6が生命保険契約に集中的に加入した時期から約3年半前に締結されたものであり、被告Y2がa病院を購入の申込みをした約3年前のものであるから、その時点で、被告Y6が保険事故の発生を仮装して入院給付金の支払を受ける目的で契約したものと認めることはできない。
7 <証拠省略>によれば、原告岐阜市農協を除く原告らの生命保険約款には、いずれも保険契約者又は被保険者の詐欺行為により保険契約が締結されたときは、保険契約自体を無効とする旨の規定がある。
民法上の詐欺による意思表示は取り消しうるものとされているが、右特約は、保険契約の射倖契約性ないしは善意契約性にかんがみ、その効力を強化し、右詐欺の場合には、保険契約者は何らの意思表示を要さず契約時に遡って契約の効力を失わしめる趣旨のものであり、右のような特約も有効なものということができる。
そして、ここにいう詐欺とは、その要件について特に定めがなされていないことから、民法96条にいう詐欺とその成立要件を異にするものではないと解される。
したがって、被告らが当初から保険事故を仮装して保険金の支払を受ける目的であったにもかかわらず、右目的を秘し、原告らとの間で本件各保険契約を締結したことは、欺罔行為に該当する。
以上によれば、右原告らと被告らとの間の本件各保険契約は、右各特約により無効である。
また、原告岐阜市農協は、本件口頭弁論期日において、被告Y1、被告Y5との間の本件生命保険契約を取り消す旨の意思表示をしたので、原告岐阜市農協と右被告らとの間の本件各保険契約は、無効である。
8 以上によれば、争点2ないし4について判断するまでもなく、被告Y2と原告第一生命との間の昭和57年の本件保険契約及び被告Y6と原告住友生命との間の昭和57年の本件保険契約を除いて、原告らと被告らとの間の本件生命保険契約は、契約締結当時に遡って無効となる。
したがって、被告Y1及び被告Y5が受領した保険金は不当利得となるから、被告Y1は原告第一生命に対し60万円を、被告Y5は原告日本生命に対し48万円を、原告第一生命に対し60万円を、原告住友生命に対し60万円をそれぞれ返還する義務がある。
三 争点2ないし4について(被告Y2と原告第一生命との間の昭和57年の本件保険契約、被告Y6と原告住友生命との間の昭和57年の本件保険契約について)
右原告らは、右被告らの欺罔行為により、被告らが善良な保険契約者であるとの錯誤に陥って保険契約を締結したものであり、また、被告らは不労な利得を取得する目的で多数の保険契約を締結したのであり、公序良俗に反する、さらに、被告らが多額の入院給付金等を得る目的を秘して本件各契約を締結したことは商法644条の告知義務違反に該当するから、本件各保険契約は無効である旨主張する。
しかし、被告Y2が原告第一生命との間の昭和57年の本件保険契約を、被告Y6が原告住友生命との間の昭和57年の本件保険契約を、それぞれ保険事故を仮装して入院給付金を取得する目的で締結したとの事実が認められないことは、前記認定のとおりであるから、原告らの右主張は理由がない。
四 争点5について
そこで、原告第一生命及び原告住友生命は、仮に被告Y2及び被告Y6に昭和57年の契約締結時に詐欺的な意図が存しなかったとしても、その後、集中的に多数の保険契約に加入した時点において、そのような意図を有するに至ったのであるから、右原告らとの間の信頼関係が破壊されたとして、本件口頭弁論期日において、右被告らとの本件生命保険契約をそれぞれ解除する旨の意思表示をした。
そもそも生命保険契約は、保険契約者の保険料支払義務と保険者の保険金支払義務が、保険事故の発生又は満期まで長期間にわたって継続する契約関係であるから、契約当事者は、信義に従い誠実に契約を履行することが要求されており、当事者間の信頼関係が極めて重要というべきである。したがって、保険契約者が契約の締結後にその信頼関係を破壊して契約関係の継続を著しく困難にした場合には、保険者は、信義則に基づき、生命保険契約を解除することができるものと解される。
これを本件についてみるに、前記認定の事実によれば、被告Y2及び被告Y6は、それぞれ原告第一生命又は原告住友生命との生命保険契約の締結後に、保険事故の発生を仮装して入院給付金の支払を受けていたのであり、このことは、本件保険契約の信頼関係を破壊して契約関係の継続を著しく困難にしたものといえることは明らかである。したがって、原告第一生命及び原告住友生命は、信義則に基づき、右被告らとの本件生命保険契約を解除することができるというべきである。
よって、原告第一生命と被告Y2との間の昭和57年の本件保険契約及び原告住友生命と被告Y6との間の昭和57年の本件保険契約は、右原告らが解除の意思表示をしたことにより無効となる。
右解除は、継続的な契約関係を当事者の一方の意思表示によって消滅させるという、一種の形成権とみられるから、その効果は将来に向かって契約を無効にするものと解するのが相当である。原告住友生命は、右解除の効果に遡及効が認められるべきである旨主張するが、どの時点までその効果を遡及させるかについて疑義が生じ得る可能性があり、かつ、他方の当事者の地位を著しく不安定にするおそれもあることから、立法的な手当てがなされていない現段階においては、原告住友生命の右主張は容易に首肯することができない。
しかしながら、被告Y6は、前記認定のとおり、入院の必要がないにもかかわらず、a病院に入院して原告住友生命から保険金を受領したものであり、法律上の原因なくして利益を受けたものといえるから、不当利得に基づき、原告住友生命に対し、受領した保険金を返還する義務がある。
五 争点6について
原告らは、本件各保険契約の無効確認を請求し、その訴えの利益がある旨主張する。
本来、過去の事実又は法律関係の確認は許されないが、現在の権利又は法律関係の個別的な確定が必ずしも紛争の抜本的な解決をもたらさず、かえってそれらの権利又は法律関係の基礎にある過去の基本的な法律関係を確定することが現に存する紛争の直接的かつ抜本的な解決のために最も適切かつ必要と認められる場合には、確認の利益が認められると解するのが相当である。
これを生命保険契約の無効確認について検討するに、生命保険契約においては、当該保険契約の締結に基づき、主たる契約による死亡・高度障害又は満期の各保険金給付関係のみならず、付加特約により災害入院給付、疾病入院給付、手術給付等に伴う多種多様な権利義務関係が発生する。
しかも、生命保険契約は、通常、保険事故の発生又は満期まで長期間にわたって存続し、付加特約による給付義務関係も、その間存続する継続的契約であって、付加特約に基づく災害・疾病・成人病等の入院医療給付金は、所定の保険事故の発生ごとに、保険期間中、約定に従い繰り返し支払われるものである。
当該保険契約に基づき、付加特約による所定の保険事故の発生によって現実化した保険金支払請求がなされた場合、その保険金請求権の存否につき、当該保険契約の効力が常に問題となるのであって、個々の保険事故による現実化した個々の保険金支払請求の存否の個別的な確定だけでは、当該保険者と保険契約者間に存する紛争の抜本的かつ効果的な解決をもたらさず、かえって後に多数の無用な訴訟を招くものである。
したがって、当該保険契約が無効とされる場合、その無効を確認することが、当事者間に存する紛争の直接的かつ抜本的な解決のために最も適切かつ必要であると考えるのが相当である。
よって、本件各生命保険契約の無効確認の利益は認められる。
六 争点7について
被告らは、原告らは、私企業とはいえ、極めて公益性の高い大企業であり、一般大衆を契約の対象とする生命保険契約を締結するに当たっては、細心の注意を払うべきであり、また、保険契約は普通契約約款によりなされており、保険契約者にはその約款の変更を求める自由はなく、一方的に原告ら保険者に優越的な地位が与えられているから、後日になって本件各保険契約の取消し、無効の主張を許すことは、信義則違反又は権利の濫用である旨主張するが、右被告らの主張するような事情があるとしても、いまだ原告らの本訴請求が信義則違反又は権利の濫用に当たるということはできない。
七 よって、原告らの本訴請求はいずれも理由がある。
(裁判長裁判官 菅英昇 裁判官 倉澤千巌 中川博文)
<以下省略>